ショートストーリー
『カナメの笑顔』
作・井内友理恵
これは、チキュウから遠く離れた"クチナシ"という星のお話。
"クチナシ"には、心と心で会話ができる、つまりテレパシーが使える種族が住んでいて、彼らはみんな太陽の光をめいっぱい受けた白く美しいクチナシの花から生まれ、誰かが誕生する度にみんなが喜び、最初から最後までお互いを心から愛し合う。
彼らの頭には蛍のような明かりを放つ触覚が生えていて、いつも幸せに満ちているので太陽のようなあたたかい黄色の光を放っている。また、必要なエネルギーはすべて太陽からもらい、心が通じ合って言葉を必要としないので口がなく、"クチナシ"では、喧嘩も戦争もいじめもない。
好きな時にダンスをしたり、絵を描いたり、お互いのテレパシーを楽しんだり。そして好きなことを楽しんでいる人々を眺めて過ごす。彼らの触覚はいつも幸せの黄色に光っている。
そんな"クチナシ"に住むカナメという1人の少女は、空を眺めることが大好きだった。
カナメが花から生まれた時、赤と紫と桃色と橙色と黄色、たくさんの色が混ざり合ったそれはそれは美しい空で、カナメは成長してからそれが、太陽の昇る時と沈む時にみることができると知った。
ある日、カナメはいつものように大好きな美しい空を眺めるために、お気に入りの見晴らしのいい丘で太陽の沈む時をゆっくり過ごしていた時、今までに感じたことのない強くあたたかいテレパシーを受信した。
その強くあたたかいテレパシーは、1人の少女の顔だった。
三日月状になった目と眉、そして半月状に大きく開かれた口。
それは、カナメが今まで一度も見たことのないものだった。カナメの触覚は、元々美しい黄色の光を放っていたが、この時はより輝きを増していた。
すぐにカナメはこの幸せなテレパシーをみんなに知らせてあげたいと思ったが、初めて感じた感覚をみんなにどう伝えたらよいかわからない。
そこでカナメが大好きな、物知りのブンモンの元を訪ねることにした。
ブンモンのところへ着くと、ふわふわの髪の毛とヒゲをよりふわふわとさせて、カナメを迎えてくれた。
受信したテレパシーのことをカナメなりに必死に伝えると、ブンモンは、
「それは『笑顔』という顔の表現のひとつで、チキュウにおける笑顔のエネルギーは宇宙一とも言われている」
ということを教えてくれた。チキュウ人は、テレパシーを使えないから顔の表現や言葉が大切にされているのだと言う。
笑顔。
クチナシやほかの星にも笑顔が広がったら、もっともっとみんなが幸せになるに違いない。そう思ったカナメは笑顔になりたいと思った。
しかし、カナメがみたのは、三日月状の目と眉、そして半月状の口。
クチナシの人々には口がない。口がないと笑顔にはなれないのだろうか。みんなをもっと幸せにするいい方法も、自分にはできないのかもしれないと思ったらカナメの触覚は少しだけ寂しそうな水色になった。
それから道行くカナメをみる人々は、少し寂しげな水色に反応して、
「大丈夫」
「元気を出して」
「心配ないよ」
「私たちがついている」
そんな言葉が似合うテレパシーをたくさん送ってくれた。
するとカナメの触覚はみるみる美しい黄色に輝き出し、みんなもそれに呼応するようにさらに美しい黄色がクチナシの星を包み込んだ。
みんなから背中を押され「諦めずにやってみよう」と決心したカナメがふと空を見上げると、今まで見た中で一番美しく思える空が広がっていた。みんなの目が美しい空に釘付けになったその瞬間、あの時と同じようなテレパシーがみんなの元に届く。
それは、あの時の少女の顔だった。
目と眉が三日月状になっている。
口は白く四角いもので隠れていて見えないが、あの時の『笑顔』より大きなエネルギーを感じた。
カナメだけではなく、クチナシの星に住む人々みんなが、その少女の『笑顔』の美しさに心を震わせていた。道に咲くクチナシの花々も嬉しそうに光り輝いている。
カナメはこれをみんなに伝えたかった、そしてあの少女も私たちに伝えたいと思ってくれたのだと感じた。
みんなは次々に目を三日月のかたちにしていく。
ふとカナメが周りを見渡すとみんな素敵な『笑顔』を自分に向けていることに気づき、とても幸せな気持ちになった。
カナメは自分でも気づかないうちに、みんなに『笑顔』を向けていた。
カナメの触覚も、みんなの触覚もそして空も、美しい黄色に光り輝いている。きっと、チキュウにもその光が届いているだろう。